キリスト教りんくコーナー
キリスト教は、カウンセリングやホスピスなど、多くの分野とリンクして私たちの生活に溶け込んでいます。
ここでは、「りんくコーナー」として、それぞれの分野を紹介することで、よりキリスト教を身近に感じてもらえればと思います。

最新記事にジャンプ
キリスト教カウンセリング

「キリスト教カウンセリングとは」
 現実社会は多くの矛盾する問題を抱えています。私たちは、時にそれらの問題に直面することで、自分自身を顧み、悩み苦しむことがあります。
私たち人間は、まさに心で生きていると言っても過言ではないでしょう。
キリスト教カウンセリングとは、聖書の福音の力で私たちに潜む自己の罪の問題に取り組み、また心理学的な研究結果を拠り所にして、それぞれの精神障害に取り組むことをいいます。
もちろんそこには、カウンセラーとの信頼関係は不可欠です。
 ところで罪とは一体何でしょうか。
クリスチャンにとって罪とは、神様との正しい関係が断絶した状態をいいます。
つまり神様の愛を受け入れることができない状態を罪というわけです。
そのように考えた場合、キリスト教カウンセリングにとって大切なことは、神様との新しい関係の構築にあるといえるでしょう。
「自己理解と自己変革」
 私たちは多くのストレスを抱えて生きています。
なかでも、人間関係からくるストレスに悩むことが多くあります。
そこで考えることは、より良い人間関係とは何かということです。
私たちは他人を変える人はできません。
しかし自分を変えることは可能です。
その為には自分をよりよく理解することが大切です。
そしてそのことが他人への理解にもつながっていくのです。
その為には、先ずは神様の前で謙虚になること、神様との正しい関係を通して、自分を理解することが必要となります。
このようにキリスト教カウンセリングの意義は、神様との正しい関係を構築することにあると言えます。
その意味では、キリスト教カウンセリングを積極的に理解し学ぶことは、神様を知ること、イエス・キリストを知ることにつながっているのです。
「学習」
 カウンセリングの学習は、先ず自分を知ることから始まります。
ですから、理念や技法はもちろんですが、自己表現についてのトレーニングも必要な学習課題となります。
また、自分の置かれた環境について学習することも必要となります。
例えば、人間の成長過程、子どもの誕生に始まり、子どもを育てること、さらには子どもを守ること、また夫婦のあり方についてなどです。
一般には家族学といわれますが、自分と家族について学ぶことは、家族における自分の位置を明確にする上で、またそれによって新たな自分を見出す上でも、意義深いことと言えます。
 カウンセリングの学習には終わりはありません。学習が修了しても、自分を知ること、他人を理解することには終わりがないからです。
カウンセリングの学習とは、まさに生涯に亘ってものなのです。
New ホスピス

ホスピスとは
 医療の目的は治癒させることにあります。
しかし、治癒が困難で絶望的な場合、患者は激しい痛みと不安に陥ることになります。
患者の痛みをやわらげ、不安を取り除くにはどうすればよいか、単なる延命策ではなく、患者が生を全うするためにはどうすればよいか、これらを具体化したものがホスピスです。
肉体的痛みや精神的不安を緩和することで、限られた時間をどう過ごすか、生に対してより積極的に捉えるところにホスピスの特徴があるといえます。
医師や看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーなどの専門家が連携することで、患者だけではなくその家族の心の不安を緩和する方法も模索されます。
そしてそれらを通して、患者とその家族は生と向き合うだけでなく、死とも向き合うのです。
最期が穏やかであるように、死を受け入れる準備を進めていくのです。

このウィンドウを閉じる